中華五術

【三元九運】三元九運で運をつかむ。繰り返す歴史。2022年は西が荒れる。五黄の黒寅、

2022年 壬寅の運

2022年の出発は、実際大寒の日を超えて旧暦の正月を超えてた壬寅年(みずのえとら)となります。
壬(水の兄)とは妊娠の妊。責任の任を表し 今年は水の寅となり、水は黒色ですので、黒い寅となり、北の寅、玄武の寅が重要になります。また、水はサンズイ、サンズイに寅で演技の演になり、裏でうごめいていたものが表に出てくる。くすぶっていたものが表舞台に出てきます。

ここでは、干支(えと)に合わせて、三元九運で見る2022年の年回りを観ます。
そのため、三元九運のお話をはじめにしています。 
2022年は、三元九運の下元八運に入っています。


寅は慎重さを持つ動物であり、俊敏さをもっとうとする動物であるがゆえに、長期的活動を苦手とします。そのため、短期決戦に持ってゆくのが得策となる年です。
こうした内容を見ながら、まず。過去どうであったのかをみて行きます。
答えが知りたい方は、一番下にスクロールするか目次で「2022年の展望」まで移動してください。

三元九運の始まり。 紀元前2637年

都会の生活では、夜の街の電灯の明るさが強くて、星のかがやきを見つめることが少なくなってきました。
田舎に行って、平野や、空気の澄みきった山頂で見る星はとても美しく輝いています。
私達が生まれるずーと前、六〇〇〇年の古い時代にも今と変わらず星はかがやき天空に広がっていました。

そんな中、夜空に見える月と肉眼で見える星の中でよく動く星が五つありました。木星、火星、土星、金星、水星の5つの星でした。
この星たちは、不思議な存在でした。この五つの星と太陽、月と合わせた七つの天に昇る星を見つめる人たちは、神の存在として崇め、いつも空を見つめその動向を見ていました。

この五つの星の動きを見ると六〇年で、土星、木星 水星が並ぶことを見つけました。また、 木星、火星、土星、金星、水星の5つの星 が、180年で一列につながることを見つけました。この不思議な運行をみつけだしたのが、紀元前2637年のことでした。
この年から、古代中華において60年周期の運期が始まりました。

この60年周期を発見した後、紀元前2637年より三元九運が始まり、その60年後の紀元前2697年より甲子の年より暦(こよみ)が始まりました。

三元九運とは

空に浮かぶ星を観測していくと、肉眼でわかる惑星がありました。今でも月の周辺に火星が見えたり、木星が見えたりします。
古代において天体ショーはふしぎなものでした、。ガリレオが地球は丸いと言い、地球が丸いというのを今の人達は当たり前のように感じていますが、昔の人は、空の上で天体が回っているとしか思いませんでした。
私達の常識では通じない世界観を持って世の中を見つめて、星の運行の中に法則性を見つけてきました。

三元とは

60年に一度太陽、月、木星 火星 土星 金星 水星がつながるその日を中心に、最初の60年を上元、次の60年を中元そして次の60年を下元としました。
天文星象(天体)において、180年で、空に浮かぶ星がつながることを見て、 60年を3回で180年をひとくくりとして、180年を大運として、ぜんぶあわせて、三元というようにしました。

では、60年を3回合わせる暦(こよみ)を考えたのでしょうか。180年で、天体が一つになるというのもそうですが、中華思想の根幹に三才観というものがあります。
天地人という3つをあわせて、三才観と言います。


このように3数は天を現す数字として重要でもありますが、森羅万象の中に多く含まれている数字として、存在します。天地人がまとまることが大運と考えました。

天帝として、この世をつかさどる神が見つめる世界は、天と地と人でした、全てが、最低限安定するのが、3数でした。天と地と人の3数、真と美と善の三要素、光の三原則、父と母と子の3数で家庭ができます。そのように3数でまとめることは、神の数字として、古代の人にとっては、当たり前のように受け入れられてきました。

惑星がつながる最初の日から60年 周期 「上元」
次につながる60年周期          「中元」
次につながる60年周期          「下元」
60年を3回合わせて、180年 周期    「大運」

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木星と土星の出会いで、1運

九運を話す前提として理解すべき内容が一つあります。
太陽の周りを公転する惑星の中で、地上より見える惑星が五つあるという話は理解しながらも、私達は理論や理屈で宇宙の存在を知っていますが、実際その場に行って観ているわけではありません。
しかし、地上から空を見つめると、月の明るさの中で、動く五つの星を見つめることができました。


この太歳星君を起点に、塡星 と出会うのが、20年に1度であうことを知りました。
つまり、天体ショーとしては、木星の軌道と、土星の軌道が出会うのが、地球から観て20年に1度だと発見したわけです。
それで、古代天文学者、甘徳、石申の言葉を借りて言うなら、太歳星君の位置を見て、国家の安寧を占っていったので、この太歳星君と、 塡星(鎮星) の出会いを一運としました。
一運が九個あつまって九運となるわけです。つまり、九運は20年に1度会う土星と木星を基準に決めたということです。

その一つの星 木星を太歳星君(たいさいせいくん)と名付け、見つめて観測すると12年で太陽を回ることを知りました。一方土星は、塡星(鎮星)(でんせい、ちんせい)と呼び、天子の星としての重要な位置を持ち、約30年で太陽を回ることを知りました。(天子星は、時の王様の運とつながっているとおもわれた)

木星は、太歳星(たいさいせい)
火星は、熒惑星(けいこくせい)
土星は、 塡星(鎮星)(でんせい、ちんせい)
金星は、太白(たいはく)
水星は、辰星(しんせい)

上元 中元 下元と運行

上元 中元 下元のそれぞれが60年周期であることはお話しました。そこに天子の星としての 塡星(鎮星 )と太歳星君が出会うのが20周期であることも理解できたでしょうか、
上元 中元 下元 の各60年を足すと180年という期間になります。この180年を20年で割ると数字はいくつになりますか、
180÷20=9
つまり大運の中に1運が9つとなります。つまり9運となるわけです。三元九運というのは、地球という大きな星の運勢を一周する大きな運というので、大運となります。

三元九運

180年という期間は、人間にとっては何代も代替わりをする時間の経過です。
私達が、還暦を迎えるのが60年です。
一つの時代をおえて新たに、1ランク上げていく間に地球は、太陽の周りを60回周り、土星と、木星は3回出会います。60年を3回迎えて180年という期間一人の人間が、上元、中元、下元の 大運を経験することはまずありません。

三元九運は、洛書元運とも、行星運とも言います。
伏儀が編み出したと言われる先天八卦もまた、奇数と偶数を足せば二〇数になります。
当たり前といえば当たり前なのですが、伏儀もまた、天の法則を地におろし八卦としました。そうであるため、 天文星象(天体)の象は八卦となり、三元九運として現象化してゆきます。

宇宙の法則の影響を受けずに我々は生きては行けません。太陽の光の暖かさで、体は保ち、空気や水という自然の中の八卦で、力を得て生きている以上、森羅万象すべての影響を受けるのは、普通過ぎて、見過ごしてしまいます。

繋辞下伝
古者包犠氏之王天下也。
仰則觀象於天。俯則觀法於地。觀鳥獸之文。與地之宜。
近取諸身。遠取諸物。於是始作八卦。
以通神明之德。以類萬物之情。

いにしえのものである。伏羲が王として天下を収めていた頃、
仰ぎ見ると日月星辰の象があり、下にひれ伏して見ると法としての水火山沢があった 創造された鳥獣を観ていいものだと喜び、地に造られた造形を観て喜んだ、
近く、これこれ、と選んで喜び、遠くに行っていろいろなものをあさり、集めて八卦をつくった。

伏儀の先天八卦の奇数を足すと二〇数になります。また、偶数を足すと二〇数になります。
1,3,7,9=二〇数。 
2,4,6,8=二〇数

三元、上、中、下運の出発月運の終焉月
上元一運1864~1883
上元二運1884~1903
上元三運1904~1923
中元四運1924~1943
中元五運1944~1963
中元六運1964~1983
下元七運1984~2003
下元八運(2022年は下元八運に入ります。)2004~2023
下元九運2024~2043

三元九運の位置

2022年。現在は、下元 八運期の後期になり、九運期をいよいよ迎えようという時期に差し掛かっています。
現在の八運期より時代をさかのぼったり。今の時代の以前の八運期はいつか、単純に180年前にさかのぼると
以前の八運期は1824年~1844年となります。

この時代、日本は 鎖国時代の末期 江戸時代後半から明治時代に向かう激動の時代でした。
鎖国から開国という時代的変動期に当たり、ドイツ人シーボルトが長崎の出島に着任し、近代医学への架け橋となり、医学ばかりではなく、地理産業といった技術の変動期に入ってきました。一かけらの石を投げられた湖畔に波紋が広がり、技術革新、医学は蘭学医とともに西洋思想が入り込み、時の政府である江戸幕府の外交政策を厳しく批判し、世界情勢下においても、身内だけで営む仕事から、欲望の渦中に世界情勢は入ってゆき、中国,清時代の崩壊をの引き金となるアヘン戦争へと舵が急激に引っ張られてゆく、近代文明へと変貌する時代背景へと激変してゆく20年期間であったと言えます。

では、もっと先の540年前に目を向けて、その時代の8運期に行ってみるとどうでしょう。

540年前の八運期は、1464年~1484年となります。
この時代、室町時代の末期 長く続いた室町幕府の時代が、安土桃山時代、江戸時代へと続く戦国時代へと突入する時代変貌を遂げています。応仁の乱、明応の政変という日本全国に及ぶ、時の権力争いが激しさを増し、欲にまみれた、権力、覇権争いへと突入してゆく時代となり、出生不明の農民、商人といった新勢力の興隆(こうりゅう)とともに刀鍛冶や、鉄鋼文明が飛躍した時代であり、経済、技術、文明文化の変貌とともに内外流通が発展した時代でした。

世界に目を向けてみると ”世界の道はローマに通ずる”とまで言われたローマ帝国が滅び、中世時代が終わりを告げる時代へと突入し、ポルトガル、スペインといった、国々が、自国以外に交易ルートを探し出す植民地攻略への時代に突入する変貌期へと入ってきます。木材から、石炭へとエネルギー変換がなされ、大型船が造られ、物流の流れができていきます。まさに、自国のみの消費から、国家文明も、哲学,科学、芸術のルネッサンスが形成されてゆきます。

時代は繰り返される。

ローマの歴史学者や、マルクスがいった言葉として有名ですが、”歴史は繰り返す”というように、三元九運を紐解いて、時代が変わったとしても、行われることの本質が似ていることに気づきます。歴史が繰り返されているのではないだろうかと思わされることが多くあります。


三元九運の180年を3回繰り返すと540年という時期が導き出されます。この540年という時代は、運気がリセットされ、新生することを表します。干支の意味を見ると一粒の種が伸びて成長する過程を見ることができます。また、八卦は家族の成長が見て取れます。
したがって、歴史は、家族が成長し、氏族を作り、国家を形成し、国家の中で家族形態が変わりつつ成長するため、縄文時代や、戦国じだいにもどるのではなく、人の営みは、ある目的をもってらせん状に上昇しながら成長してゆく過程だとみることができます。

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現在の三元九運を見る。

今起こっていることを表すには、540年前に何が起こっていたのかにより、おのずと現象が見て取れます。
では、今後どのような時代に入ってゆくのでしょう。540年前、ローマ帝国が崩壊しルネッサンスの時代に入り、人本主義が広く知れ渡り、文明文化が花咲く時代へと変わる傍らで、大航海時代に入り、多くの国との交易ルートとともに広く時代的変貌を遂げるとともにヨーロッパ文明圏がつくられていきました。540年前の1481年の干支は、辛丑の年 そして180年前の 辛丑の年 そして2021年 辛丑の年から2022年壬寅(みずのえとら)の年に代わる時代です。


壬寅(みずのえとら)の年

壬(みずのえ)とは、はらむとか妊娠という意味合いを持っています。植物が成長し、体内に次に残す子孫が育ってゆくことを意味します。五行においては、水の兄、陽の水に属し、洪水、大水、激流という激しさを持っています。海の水を象徴し勢いの強いエネルギーで、陰の気が極まって陽の気によって孕み(妊み)始めるときです。

寅は、狂暴ではありますが、威厳を持ち、守によく、攻めるに俊敏に動き、獲物を捕らえる忍耐力を持ち合わせ、五行においては、木の陽に属し 大樹として大きく育ち、木気は広がる力を持っています。また、2022年は36年に1度の”五黄の寅”といい五黄土星が中宮に入ってきたときの寅年となります。運気的には強く現れる年でもあります。

下元八運において、循環の最終段階として、五行において土に属し、艮命(ごんめい)という深い静かなエネルギーを蓄えています。

2022年は、順調に行けば、水を貯え、地のエネルギーが充実し、じっくりと成長してゆく時間を過ごすことができますが、ひとたび、大水により損害を受けると、大樹が倒れ、大地の力が爆発してしまう2面性を持ち合わせています。

180年前の 壬寅の時代

180年前の 壬寅の時代はどのような時代だったのでしょう、
日本においては、突然やってきた黒船に対抗して出していた異国船打ち払い令から、反転、薪水給与令により、日本に立ち寄る船に、燃料や、食料、飲料の給与を認めるという柔軟姿勢へと軟化させ、政策転換することで、国外、他国民に対しての印象が和らいだ時代でした。
540年前の 1482年、壬寅の時代 はどのような時代だったでしょう。
享徳3年より、室町幕府との間に28年続いた内乱が終結した年でした。俗に享徳の乱と呼ばれた内戦が終わった時代ですが、この年以降、全国で起こる権力争いの火種も育ち、戦国時代の幕開けともなりました。

2022年の展望

540年前の 壬寅の時代 に一つ国家的内乱が終わりましたが、その中でくすぶり育ってゆく火種は、その後の戦国時代へと発展してゆきました。180年前、柔軟姿勢に転換した江戸幕府でしたが、その中に入り込んだ、国際化は、江戸幕府崩壊とともに新政府に対する熱望の火種を内に育ててきました。
そして、今後において、今の日本の中で柔軟姿勢を取って、国際化を進めていくとすれば、国内部にくすぶる問題を育ててしまいます。寅は、慎重さを持つ動物であり、俊敏さをもっとうとする動物であるがゆえに、長期的活動を苦手とします。

諸問題において迅速に対応すれば、吉方位に飛躍的に進みます。これは、個人的にも、家庭としても、国家としても同じです。三才観は、天と地と人が合わさって完成します。三段階で完成するようになっています。

今年の干支は壬寅(みずのえとら)水の兄の寅年です。水の兄は、激しい水を表し色としては黒色なので、激しく動く黒い虎がうまれることも表しています、
また、風水でいえば、西の守り神、白虎は西側を表します。西の勢力が増せば西側諸国において大いに荒れるとも見えます。


壬というのは責任がある人が立たなけれれば波乱に満ちた年です。個人においても、会社においても、国という単位においても、責任が問われる年ですので、口先だけ、の責任を追わない人物や会社、機関は問題をはらんでいきます。過去の壬寅、五黄の寅年は、応仁の乱といった波乱を起こす時代であり、また、木材から石炭に代わるように、エネルギー変革時代に突入していきますし、黒船伝来のように、今まで持っていた常識を大いに変えていく必要があります

また、寅にサンズイでとなります。この年は、裏に潜んでいたものが表舞台に出てくることを表します。くすぶっていたものが表舞台に出てきて、いよいよ演技を展開する年なので、裏で練り上げている努力が正しければ伸びてゆく時代ですが、三文芝居であれば、ブーイングが広がります。努力が実るのによい年です。正しく生きた人が伸びる年です。

歴史が繰り返されてきたのは、人が、果たすべきことをやらないことによる繰り返しの現象です。成熟した個人、家庭、国家になるために、歴史に学び進んでいけば、万事良い方になされる年となります。

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